• 記事:藤田のぼる

子どもたちが危ない! ― 日本の教育はどこに向かっているのか ―

元文部科学省事務次官で、日本の教育のあり方について、鋭い批判、的確な提言を発信し続けている前川喜平さんを講師に迎えてのリモート講演会が、6月26日(土)午後2時から開かれました。元々フォーラムでは、昨年3月に前川さんの講演会を予定していたのですが、折からのコロナ禍で中止を余儀なくされました。しかしその後、全国一斉休校、こども庁の創設案など、教育行政をめぐる問題が次々に浮上し、また教育基本法改正や道徳教科化の問題など、本来前川さんにうかがいたかったいくつかのテーマも、これ以上先送りにしたくないと、今回開催に踏み切ったものです。

冒頭で、大竹実行委員からフォーラム創設の経緯やこれまでの活動について、そして前川さんのご紹介があり、早速講演に移りました。登場した前川さんは、フォーラムの方から話してほしいといわれたことがたくさんあり、まるで「注文の多い料理店」みたいと、子どもの本の世界に合わせた(?)軽口から始められ、とても1時間半では無理だと言われましたが、最終的にはちらから聞きたいとお願いした中味を、ほとんど全部クリアーしてくださいました。

中でも、特に時間をかけてお話しいただいたのは、コロナ禍の中での学校の状況、そして教育基本法改正の問題点、特に道徳教科化をめぐる問題でした。講演は、後日You Tube映像として配信しますので、報告者(フォーラム実行委員の藤田)が特に印象に残った点を中心に、紹介したいと思います。


前川喜平(現代教育行政研究会代表)

1955年奈良県生まれ。東京大学法学部卒業後、1979年文部省(現文部科学省)に入省。2016年文部科学事務次官。2017年退任。同年6月の記者会見にて、加計学園獣医学部新設について、「行政が歪められた」と発言。現在、自主夜間中学スタッフとして活動。現代教育行政研究会代表。主な著書に『面従腹背』(毎日新聞出版)、『前川喜平 教育の中のマイノリティを語る』(明石書店)、共著に『同調圧力』(角川新書)などがある


●コロナ禍による全国一斉休校とその後の学校の状況について


昨年の全国一斉休校(とそれによって引き起こされた様々な問題)は、安倍首相による人災ですと、まずはバッサリ。文科省はまったく考えていなかった全国一斉休校が実施された背景というか舞台裏として、その前に北海道の鈴木知事が全道一斉休校を打ち出し、それが道内では割合受けが良かったのを見て、官邸が思いついたのではないか。そして、なるほどと思ったのは、「学校の休校というのはコストがかからないんです。飲食店などの休業となれば当然補償の問題が起こるが、休校は補償という問題にならない。その割に”なんかやった”感というインパクトはある」という件。感染対策や子どもたちの安全といったことよりも、政権の思惑が優先する政治のありようを象徴するような話だと思いました。

一斉休校がもたらした大きな問題として、次の三つがあげられました。一つは当然ながら子どもたちの学習権が侵害され、深刻な格差が生まれているという事態。子どもたちは家庭学習を余儀なくされたが、朝日新聞のアンケートでも「家で誰も宿題を見てくれない」という子どもが34%おり、そして一斉休校が終わってからも、学校で充分な時間が取れない分家庭にしわ寄せがきており、格差が拡大している実態が話されました。

二つめは休校によって、学校給食が食べられないという事態が生じたこと。「家庭ではまともな食事がとれず、学校給食が命の綱という子どもたちがたくさんいるんです」という言葉に、前川さんの視線が本当に子どもたち一人ひとりに注がれているのを感じました。そして三つめは、家庭での児童虐待が増えていること。これはデータとしてははっきり現れていないが、学校や病院が発見できないでいるだけで、かなり増えていると思われる、とのこと。まとめれば、子どもたちの学習権と生存権が著しく侵害されたということで、別のところで前川さんは、「教育」という言葉は”上から目線”の趣きがあるが、「学習」という言葉は子どもの立場に立った言葉ですという話もされて、子どもの側、子どもの権利という立場から事態を捉えているな、ということを強く感じました。


●教育基本法改正、そして道徳教科化をめぐって


第一次安倍政権によってなされた教育基本法の改正について、その歴史的経緯から話がされました。これが、1980年代の中曽根首相の念願であり、またその後の森首相もこれを狙ったが果たせず、安倍首相が長期政権になったこともあり、ついに教育基本法が改悪されてしまったこと。「僕は(旧)教育基本法の前文が好きでした」と、ほとんど諳んずるように前文を口にされたのが印象的でした。興味深かったのは、中曽根首相が教育基本法改正のために設置した「臨時教育審議会(臨教審)」の論議の行方で、中曽根首相の思惑には反して、個性の重視や生涯学習体系の中での学校の位置づけ、国際化などへの対応といった方向が打ち出されたということ。一方で、森首相が設置した「教育改革国民会議」では、奉仕活動の義務化や道徳の教科化が打ち出され、これを安倍首相が引き継いだということで、教育行政をめぐる綱引きの実態を垣間見た気がしました。この部分で印象的だったのは、教育改革国民会議などが目指したのは、学校の「再」軍隊化です、という話。元々詰襟の制服は陸軍の軍服、セーラー服は海軍の軍服、ランドセルは背嚢がモデルです。特に体育の行進などは、まったく軍隊式です、ということで、日本の教育のある意味異様さを、教育行政に携わってきた前川さんが告発されたのが、印象的でした。

道徳教科化をめぐっては、これまでもあった「道徳」の時間が、教科化によってどのように変わったのかというあたりについて、具体的に話されました。そこでは、やはり評価という問題とともに、教科書(今までは副読本)の問題が大きいということで、「かぼちゃのつる」「星野君の二塁打」という具体的な教材に触れながら、道徳を教えることの問題点について話されました。初めて聞いた言葉でしたが、現場の先生たちの試みとして「中断読み」というのがあり、こうした読み物教材を途中まで読んで、その後の展開について子どもたちに話し合いをさせることで、何が正しく何が正しくないのかという問題の解答が決して一つではないことを伝えていくという授業のあり方も紹介されました。また、こうした道徳教科化を進めてきた人たちの狙いは、教育勅語の復活であり、やがて道徳の23番目の徳目として「天皇に対する敬愛の念」が加えられようとしている、とも断言するように話されたのも、印象的でした。


●こども庁、高校の国語教育をめぐる問題、入試改革のこと。そして、質問に答えて


冒頭で触れたように、この他にも、こども庁の創設案のこと、高校の国語科の中の文学の位置づけに関して、そして入試改革のことなどをめぐっても話がなされ、こうしてまとめていると、よくこれだけの話が1時間半余りで話されたなと、感心してしまいます。

その後休憩をはさんで、参加者からの質問に答えていただきました。障害を持った子たちのためのインクルーシブ教育のこと、「援助交際」をめぐって、教員の働き方改革をめぐってなど、様々な質問にすべて答えていただきましたが、ここでは僕自身が質問した、18歳選挙権に関して高校生の政治教育、政治参加の問題に対するお話を紹介したいと思います。

18歳選挙権によって高校生の一部も選挙権を持つことになったにも関わらず、日本では教員の「中立性」ということがやかましく言われ、ほとんど政治について学校で学ぶことができない状況が続いています。これに関連して、ドイツの学校でガイドラインとして示されている「ボイテルスバッハ・コンセンサス」という考え方が紹介されました。ここでは三つの原則があり、一つは「圧倒の禁止」(教師が自分の意見を生徒に押しつけてはならない。逆に言えば、教師自身の意見を話すことは構わない)、二つめが「論争性の原則」(一つの意見だけでなく、反対意見も示される)、「生徒志向の原則」(生徒自身の自発的な関心に応える形で)ということでした。その後ネットで調べたところ、これは高校というだけでなく、小学校や中学校も含めた原則のようで、大変優れた考え方だと思いました。


以上、印象に残った点を中心に、前川さんの講演内容をかいつまんで紹介しました。先に書いたように、これだけの内容を1時間半余りで話していただき、改めてこちらの考え方が整理されるとともに、初めて聞く内容もたくさんありました。前川さんの頭の引き出しが実に整理されていることを痛感させられるとともに、本当に子どもたちの立場に立って思考されているなあと思わされる点が多々あり、それこそ”学習”させてもらった時間を過ごしました。


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